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研究

『湖北省留日学生と明治日本』の刊行と現社研での日々

2020年に現社研で博士学位を取得した王鼎さんの著書『湖北省留日学生と明治日本』(勉誠社)が刊行されました。
これを記念して、王鼎さんに、著書の概要と現社研での留学生活について寄稿していただきました。

 

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拙著『湖北省留日学生と明治日本』(勉誠社、2024年3月)は、新潟大学大学院現代社会文化研究科(現社研)に提出した博士論文「清末における湖北省日本留学生の総合研究」をもとに、大幅に加筆・修正を施し、また新たな論考を加えて刊行したものです。

周知のとおり、清末、中国が大勢の青年を日本に派遣したことは、中国近代史および日中関係史において極めて大きな出来事であり、その影響は今日に至るまで残っています。そして、このテーマに関して、日中両国の学者からすでに数多くの研究成果が出されています。

しかし、これまで湖北省から大量の学生を日本へ送り出した張之洞(1837~1909)の功績については注目されてきたものの、湖北省留日学生の人生とその軌跡については、いまだ歴史の中に埋もれたままでした。彼らは、どのような目的で来日し、どのような行動をとっていたのか。彼らの活動や日本で学んだ知識・思想は、日中両国間の政治・外交・文化交流にどのような影響を与えたのか。これらの問題については、未解明の部分が多く残されているのです。

本書では、研究対象を華中地区にある湖北省に絞り、史料とフィールドワークに基づき、彼らが日本留学に至った経緯から留学中の生活、同郷会の雑誌・教科書の出版や翻訳活動、留学制度と留学生受け入れの実態、さらには軍事系留学生と辛亥革命の関係までを地道に分析し、留日学生史の新たな側面を明らかにしています。

拙著は序章、終章、資料編を除く6章からなり、文量は約25万字です。各章の内容は現社研に提出した博士論文をもとにしており、学術雑誌に掲載された論文がいくつか含まれていますが、本書出版に際し、数多くの手直しをしました。また、新たに書き下ろした部分もあります。

        
食事会(左から池田英喜先生、足立祐子先生、               右:麓慎一先生
柴田幹夫先生、王鼎、有田佳代子先生)

筆者は留学生として、北越の地で足かけ10年間にわたって生活しました。新潟は、まさに第二の故郷だと言えます。2009年9月、華中師範大学外国語学院に入り、日本語を学び始めました。李俄憲教授(新潟大学リエゾンプロフェッサー、現社研修了)をはじめとする先生方が日本語を学ぶ楽しさを教えてくださいました。そして大学3年生の時に特別聴講生として、2011年から新潟大学へ1年間留学しました。当時は東日本大震災の直後で、東京電力福島第一原子力発電所の事故などもありましたが、新潟大学国際センターの先生や職員の方々にサポートしていただき、安全かつ充実した留学生活を送ることができました。

交換留学を終えたあとは華中師範大学に戻りましたが、大学卒業後、専門知識をさらに学ぶため、協定校推薦入学制度を利用し、2013年9月に再び海を渡って現社研修士課程(社会文化専攻)に入学しました。当初は、修士学位を取得した後は日本で働こうと思っていました。

2016年の修士学位取得後、進路について指導教員の柴田幹夫先生に相談したところ、さらに研鑽を積めば良いと仰っていただき、その言葉に大いに勇気づけられ、同大学院の博士課程の入学試験を受けることを決めました。そして博士課程(共生文化研究専攻)に進んで、主指導教員の柴田先生をはじめ、副指導教員の池田英喜先生、武藤秀太郎先生、そして麓慎一先生(現・佛教大学歴史学部)から多くの専門知識を学びました。とくに、教育史・日本史ゼミや古文書の授業で、いつも私の愚問に対して優しくかつ分かりやすく説明してくださったことを鮮明に記憶しています。当時の筆者の研究ならびに留学生活を温かく見守ってくださり、様々な側面から貴重な助言をいただいたことを、ここに厚く御礼申し上げます。

長い学習の道のりを歩き続け、2020年に口頭試問に無事合格し、文学博士の学位を取得することができました。それはひとえに先生方のお力添えの賜物であり、私の人生にとっては極めて重要なマイルストーンでもあります。『礼記』「中庸篇」には、「人、一度してこれを能くすれば、 己はこれを百度す。人十度してこれを能くすれば、己はこれを千度す。果たしてこの道を能くすれば、愚と雖も必ず明らかに、柔と雖も必ず強なり」という言葉がありますが、博論を無事完成させた時、その醍醐味をようやく味わうことができました。

また、博士論文にかかわる史料収集や国内外に及ぶインタビュー調査等の研究費用は、現社研の「国際会議研究発表支援事業」や「学生(D)研究補助経費」などの研究支援制度のおかげです。また、中国政府の「国家建設高水平大学公派研究生項目」で国費派遣留学生に選出されたことで、研究費ならびに生活面での心配がなくなり、研究にあたり当初構想していた各種の事も実施でき、研究に専心することができました。ここに記して謝意を表したいと思います。

     
       現社研棟にて                学位取得の祝賀会(左:武藤秀太郎先生)

以上が筆者の「留日学生」としての学習遍歴ですが、湖北省留日学生の研究は緒に就いたばかりであり、まさに「少年老い易く学成り難し」です。海外での学びの経験を振り返ると、少し曲がりくねった道ではありましたが、人とは異なる景色を見ることができ、決して諦めない意志を鍛えることができました。私は日本での長期留学経験に心から感謝しています。また、新潟大学では足立祐子先生、グレゴリー・ハドリー先生、川西裕也先生、土屋太祐先生、鈴木光太郎先生、大竹芳夫先生、故・石田純子先生にも大変お世話になりました。どうもありがとうございました。

留学生活にはすでに終止符が打たれましたが、振り返って思うことは、勉学はもとより、それと同時に積極的に日本人と触れ合うことは、考え方によっては授業で学ぶ以上の意味があったかもしれないということです。折々の、衆目を集めるような世間の関心事についての意見交換は、義務教育から高等教育まで中国で過ごしてきた私の先入観を改めさせ、虚心坦懐に日本人の所感を知る貴重な体験となりました。したがって、こうした体験を通じて、研究以外の面でも、私の留学生活を支えてくださった日本の友人にも心から御礼申し上げたいと思います。

中国に帰った後は、北京師範大学教育学部で2年間の研究員生活(PD)を経て、2022年に同大学の外国語言文学学院に着任しました。ここでは、冷麗敏教授をはじめとする諸先生が全面的にサポートしてくださり、研究者かつ教育者として、情熱をもって目下職務にあたっているところです。

そして、博論執筆はプレッシャーと時間との闘いでもありましたが、筆者を支えてくれたのは新潟大学大学院で知り合った妻・李鈺(現社研博士課程修了、指導教員は堀竜一教授)です。いつもいちばん近くで鼓舞督励してくれたからこそ博論を書き上げることができ、そしてそれが本書の完成につながっています。

それに加えて、文章の推敲にあたり、交換留学時代に日本語を教えていただいた佐々木香織先生、親友の中村貴明様(新潟大学OB)、北京師範大学の同僚である原玉龍先生には、各章を仕上げるたびに原稿に目を通して有益なアドバイスをいただいたほか、文章の細部にわたり何度も訂正していただきました。衷心より謝意を表したいと思います。

最後に、快く出版に応じてくださった勉誠社、そして丁寧な校正と適切なご助言をいただいた同社の黒古麻己様に御礼申し上げます。

本書が一つの契機となって中国人日本留学史研究の一助となれば、この上ない喜びであります。これが今までの人生でお世話になった方々への恩返しになるよう祈念しつつ、今後とも研究に邁進していきたいと思います。

 

王鼎

京師学堂にて

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王鼎『湖北省留日学生と明治日本』(勉誠社、2024年3月) A5判 376ページ

 

紹介

明治期に日本へ派遣された中国人留学生たちは、どのような目的で来日し、どのような行動をとっていたのか。彼らの活動や日本で学んだ知識・思想は、日中両国間の政治・外交・文化交流にどのような影響を与えたのか。
これまで、湖北省から大量の学生を日本へ送り出した張之洞の功績については注目されてきたが、湖北省留日学生の人生とその軌跡については、いまだ歴史の中に埋もれたままである。
本書では、彼らが日本留学に至った経緯から留学中の生活、同郷会の雑誌・教科書の出版や翻訳活動、留学制度と留学生受け入れの実態、さらには軍事系留学生と辛亥革命の関係までを、徹底的に究明。
豊富な史料とフィールドワークに基づき、多角的視座から分析と考察を加え、従来の日中留学生史研究に新たな光を当てた待望の新機軸。
武漢大学・馮天瑜教授推薦!

目次

推薦の辞 馮天瑜

凡例

序章
一 研究対象と背景
二 先行研究と問題の所在
三 課題設定と論文の構成

第Ⅰ部 清末における中国人日本留学の軌跡
第一章 清末における中国人日本留学の歴史

一 清朝公使館内の東文学堂
二 中国における初期の日本語教育
三 日本留学の嚆矢とされる公使館学生
四 留日学生に対する教育政策
五 留日学生に対する管理への模索
六 速成教育の是正
小括

第Ⅱ部 湖北省留日学生の諸活動
第二章 湖北省留日学生の初期活動について

一 清末における中国雑誌の概況
二 『湖北学生界』の創刊
三 雑誌の内容
四 雑誌社の変遷
小括

第三章 留日学生と湖北同郷会

一 湖北留学生の主張
二 留日学生の思想変化
三 湖北同郷会について
四 同郷会のネットワーク
小括

第Ⅲ部 湖北省留日学生の留学経験とその影響
第四章 湖北省留日学生の活躍と帰国後の進路

一 湖北武備学生の派遣について
二 振武学校と陸軍士官学校について
三 湖北留日学生の帰国後の動向
四 救国思想からナショナリズムの誕生へ
小括

第五章 教育・革命・鉄道―黄州府麻城三兄弟の事例研究

一 基礎的史料の整理と分析
二 弘文学院師範科で学んだ官費生―余祖言
三 日本留学の人脈を生かした革命家―余仲勉
四 湖北鉄道留学生―李子祥
小括

第六章 寺尾亨の東斌学堂と留日学生―『向巖家書』を一つの手がかりとして

一 東斌学堂の設立と教育内容
二 東斌学堂の運営
三 堂生の留学生活およびその後の動向
小括

終章

資料編

解題

資料一 清末湖北省留日学生名簿(1896~1911)
資料二 『湖北学生界』・『漢声』・『旧学』目録
資料三 『湖北学生界』開辦章程
資料四 湖北同郷会章程
資料五 湖北省留日学生の著訳書一覧
資料六 選派陸軍学生分班遊学章程
資料七 陸軍士官学校(第1期~第8期)の湖北留学生および活躍者たち
資料八 駐日清国公使館および在清国日本公使館の外交官一覧表
資料九 清末期の湖北省全域図
資料十 武昌省城の街道図(1909)

あとがき

索引

 

著者プロフィール

 

王鼎(おうてい、WANG Ding)

1990年、湖北省武漢市生まれ。華中師範大学外国語学院卒業後、中国政府の国費留学生として新潟大学大学院現代社会文化研究科に留学。博士(文学)。専攻は日中教育交流史。
帰国後、北京師範大学教育学部助理研究員(PD)を経て、現在は同大学外国語言文学学院専任講師。
主な著作に『日華学堂とその時代――中国人留学生研究の新しい地平』(共著、武蔵野大学出版会、2022年)、『明治から昭和の中国人日本留学の諸相』(共著、東方書店、2022年)、『佛教・歴史・留学――交流視角下的東亜和日本』(編著、博陽文化出版社、2021年)などがある。